千と千尋の琉球語ツイートの解説

どうも、まるさ@maruuusa83です!


琉球諸語が好きなので時々それにまつわるツイートしてます.先日のツイートがこちら。







今回はなんか自分で気に入ったので、言語学っぽい観点でちょっと解説します.

今回は特に沖縄南部の言葉,どっちかというと首里あたりの言葉の話です(この記事では単に「沖縄語」と呼ぶことにします).


母語話者でも琉球語学者でもないので誤りがあるかもしれませんがそこはご愛嬌・・・


話が長くなったので対訳だけ見たい人は一番下の<再掲>まですっ飛べばよいです!







タイトル『神持千与千尋

いきなり本題とは関係ないところから(笑)


琉球語正書法を持たないので、タイトルは文語文っぽくしてみました。

中国文化の影響のイメージだけが先行してて、文語文が琉球/古琉球で使われてたかどうかまでは実は知りませんw*1




琉球語で「神隠し」に近い言葉は「ムヌニムタリユン("何か"に持たれる=>"何か"に連れていかれる)」かなあと考えました。

ただ今回は神々の世界に行く話なので、少し崩して「神に持たれる」と表現することにしました。


別に漢文には全く詳しくないんだけど、

千と千尋は神に持たれる」

をそのまま訳すと

「千与千尋見持於神」「千与千尋為神所持」

みたいになるんでしょうか*2


これではなんだかくどいので、神を主語に持ってきて

「神持千与千尋

としてみました。これネタバレタイトルじゃねー?


動作主が「物」のまま文語文訳すると流石に意味不明な気がしたのでやっぱこれでよかったか。

現代の中国語は全く知らんのですけど、中国語題の「千与千尋」に大変合点がいきました(?)







千尋のセリフ「ここで働かせてください!」

本題に入ります.


「ここで働かせてください!」は、素直に訳してみると、

「くまんかい働かしてぃくいみそーれ!」

  • クマ:ここ
  • ンカイ:~において
  • 働カシティクイミソーレ:(後述)

あたりでしょうか。ツイートの文と全然違うじゃないか。


許可を乞う「働かせて」は、「ハタラチュン(働く)」*3の使役動詞「ハタラカシミーン」*4*5 *6を命令形にした「ハタラカシミレー」になるのかなと思います。

とはいえ(あまり自信がないのですが)この表現、なんだかまるさの感覚的にくどくて馴染みません.

そこで、「働かせる」を「チカユン(使う)」と表現することで使役動詞の命令を回避することにしました(笑)




ところで、沖縄語では敬語がよく発達しています.

具体的に言うと、相手の目上・目下に加えて階級(士族・平民)によっても言葉遣いが変わります.

湯婆婆は単なる目上ではなく「立場もかなり上」な人物になるので、千尋は昔でいう「平民が士族と話すような」言葉遣いにすべきだと思います。

というわけで、「使ってください」を目いっぱい丁寧な感じに訳します。


動詞を尊敬語にするには「~ミシェーン(≒なさる)」を付けます。また、不規則な活用ですが「ミソーリ(連用)」や「ミソーレ(命令)」*7で依頼を表すことができます。

これに従うと、「使ってください」は「チコティ クイミソーリ(使って ください)」となります。


さらに、語幹*8+「~アビーン(≒~ます/です)」の形でもっと丁寧にできます。こちらも「ビリ」「ビレ」と活用して依頼を示します。

尊敬の助動詞ミシェーンもちょっぴり不規則な変化で丁寧にできて、次のように言えます。

「チコティクイミシェービリ(≒使ってくださいまし)」
「チコティクイミシェービレー(≒使ってくださいませ)」

日本語訳はかしこまりすぎな感じもしますが、依頼の文はこれでいいはず・・・!


やっと一言訳しました!やべえな




さて、もとの文は「『ここで』働かせてください!」です。

重箱の隅をつつく様な話ですが、動詞が変わったせいで「ここで使ってください」だと少々ぼんやりしすぎた感じがします。

ニュアンスとしては「油屋で働きたい」だと思うので、「あなたの所で使ってください」とするのが良いように思います。


二人称には「ウンジュ」とか「ヌンジュ」とか色々あるんですが、最も格の高い「ミュンジュ」を使ってみようと思います。

「ンカイ(~において)」は、日本語とちょっと違って場所だけでなくもう少し広い対象に使えるので、「ウンジュンカイ」で「あなたの所で」というニュアンスを表現できます*9


やっとできましたね、「ここで働かせてください!」は「ミュンジュンカイ使てぃくいみせーびり!」と訳すことにしましょう!







湯婆婆「ふん!千尋っていうのかい?贅沢な名前だねえ...!今からお前の名は千だ!いいかい!千だよ!」

読みやすくなるように前半と後半に分けてすすめます


「ふん!千尋っていうのかい?贅沢な名前だねえ...!」

これもとりあえず直訳してみましょう。

「ふん!千尋とぅいうんなー?ハンクヮな名前やんやあ...!」

  • トゥ:助詞「と」
  • イウン:言う
  • ナー:問いかけの接尾*10
  • ハンクヮ:贅沢、華美*11
  • ヤン:~である
  • ヤア:同意を求めるの接尾*12


おお、今回は千尋のセリフのようにツイートとの乖離が激しくないです。いいね。


沖縄語では、しばしば助詞を省略したい気持ちになります。

明確な規則性がわかんないんですが、名詞の語尾を伸ばして助詞の代わりにすることがあります。

千尋というのか?」がまさにそうだと思っていて、「と」を省略して「チヒローイウンナー?」と訊く方がなんだかネイティブっぽさを感じます。


「贅沢な名前」は「ハンクヮな名前」のままでもいい気がしますが、ちょっと大仰(馬鹿にした感じ?)に已然っぽく「ナル」を使って「ハンクヮナル名前」としています。


ところで沖縄語では、「贅沢な名前だねえ...!」というように、問いかける形で「なんて~なんだ」を表現するときには問いかけを受ける相手がその場にいないとなんだか変な感じがします。

こういう時には継続形*13に活用したりします。

「ヤン」で継続形となるとなんだか変なので、元の文を「名前を持っている」に変えて

「ハンクヮナル名前ムッチョール(ハデな名前を持っている)」

としました。自然な感じになってきました。


最終的には、ムッチョールを連用止めにしてさらに小馬鹿にした感じに

「ふん!千尋いうんなー?ハンクヮナル名前むっちょーい...!」

に落ち着きました。




今からお前の名は千だ!いいかい!千だよ!

例のごとく直訳から始めます。

「ナマカラ、ィヤーぬ名や千やん!ユタサイミ?千やん!」

  • ナマカラ:今から
  • ィヤー:目下に使う二人称
  • ユタサイミ:形容詞「ユタサン(良い)」の疑問文。「いいか?」


ヌが所有を表す助詞「の」にあたるので、「ィヤーぬ名(お前の名)」なわけですが、まるさはここでまた助詞を取りたい気持ちになってきました。

「ィヤーナー」って言うと野菜の名前みたい*14なので、名前にして「ィヤーナメー」にしました。

これもなんだか小馬鹿にしてる感じがします。仕方なしに名前を付けてる感じ?

最後に「千やん」に強調の「ド」と付けて、

「ナマカラ、ィヤーナメーや千やんど!」

としました。


「いいかい?」はちょっと直接訳すのはよくない感じがします。

形容詞の疑問ではなく、「わかったか?」という動詞の疑問にしてみます。

これはだいぶ簡単で、「ワカユン(分かる)」の過去「ワカタン」に疑問のナを付けるだけです。

「わかたんナー?」


そして最後、「千だよ!」と繰り返すところは沖縄語文法の見せ場です。

最初の「千ヤンド!」を繰り返すのではなく、係り結びを使います。沖縄語には係り結びが残っています(!) *15

係助詞「ドゥ」を連用で受けます。

「千どぅやる!(千だよ!)」


えー、ツイートの方では「千どぅやいびる!」となっています。

これは丁寧形の「千ヤイビーン(千です)」の係結びです。まちがえてますねw




というわけでまとめると、

「ナマカラ、ィヤーナメーや千やんど!わかたんナ?千どぅやる!」

となります。


話長いんだよって声が聞こえます。







<再掲>




というわけでこのツイートの中身についてさらっと(?)解説してみました。

強引に再翻訳すると

「あなた様のところで使ってください」
「ふん!千尋っていうのかい?華美な名前をお持ちで..!今から、あんたの名前は千だよ!わかったかい?千であるよ!」

といったところでしょうか。




それではこのへんで! ノ

まるさ







*1:実は候文なのかもしんない

*2:文語文にしてみるとド直球にみえますねw

*3:語幹と語尾を=で結んでます

*4:実は沖縄語の使役の活用は2種類(「~asun(ハタラカスン)」「~ashimiin(ハタラカシミーン)」)あって、前者は「強制的にさせる」後者は「許す(気にしない?)」的なニュアンスがあります。この論文とか大変参考になりました。

*5:そして実は不規則活用動詞なので、語幹が若干変わってます。

*6:細かいことを言うと、一部の動詞は音韻の都合でashimiin使役しかなく、この時は強制と許可の両方のニュアンスを持ったりします(「ウトゥスン(落とす)」とか)。日本語の使役動詞と同じ感じの意味

*7:ちなみに、よく見かける「めんそ~れ~」は「メンシェーン(いらっしゃる)」の命令形で、「いらっしゃいませ」のような意味になります。これも不規則活用動詞。

*8:実は同じ語でも活用によって語幹が複数あります。ここで使うのは連用語幹とか呼ばれるものです。

*9:「ィヤーンカイチューサ(あなたの所に来るよ=>そっちに行くよ)」とか言います。ィヤーも二人称です。

*10:なー?と付けとけばとりあえず疑問文になる。「アリナー?(あれなの?)」「ジュンニナー?(本当なの?)」

*11:きっと「繁華」が語源

*12:英語でいうところの文末に付ける right? みたいな感じ

*13:「~している」という感じで訳せる、継続状態を表現する沖縄語特有の活用。ショッタ形とかシヨル形とか色々呼び方がある。

*14:野菜の名前は「-ナー」の形が割とある。~菜なんだとおもう。「タマナー(キャベツ)」「マーミナー(もやし)」

*15:ただ、古文でならうような日本語のそれよりも、若干係助詞が少ないです。「ヤ」とか「ナム」がないです。