未踏スーパークリエイターに認定された

どうも、まるさ@maruuusa83です


昨年の6月ごろに平成29年度未踏IT人材発掘・育成事業に 採択され,2月末に納品を済ませて育成期間が終わりました.

そしてなんと,スーパークリエイター認定を頂きました.わいわい.



※2018/05/11 技術詳細のスライドの表紙が「2018年度」になってたので「2017年度」に修正して差し替えました







やったこと

Reactive Programmingなパラダイムで記述されたプログラムからFPGA向けのVerilog HDL記述を合成する技術の開発に取り組みました. 2017年度未踏事業プロジェクト成果


未踏事業最終成果報告でのスライド(ササっと読みたい人向け)

www.slideshare.net


現状の技術をまとめたスライド(技術に興味がある人向け)

www.slideshare.net


資料がいくつかあるので詳細はここでは述べません.

あんまり外で話せてない部分を一つだけピックアップ



自動テストとファインチューニング

自動テストについては,高位合成技術に取り組んでいる人々が集まる高位合成友の会でも少し話題になりましたので ちょっとだけ紹介します.



テストベンチの生成にはまだ取り組んでないのですが,高級言語を使ったハードウェア設計の利点はテストの楽さにあるんじゃないかなあと 思っています.

内部で色々なツールが絡んでいるのでテストを自動化するまでそれなりの努力が必要でしたが,一度自動化してしまうと非常に捗ってよかったです.

結局のところファインチューニングしたくなってしまうので,今後のMulveryでは次のような設計フローが実現できることを目指しています.


  1. 大局的なアーキテクチャをLLで手早く設計
  2. 自動テストで常に動作とタイミングチャートの確認
  3. 生成されたHDLに手を加えてファインチューニング


ことMulveryについて言えばほとんどメタプログラミングなのでファインチューンしやすい環境に仕立てることが十分可能ではないかと思っています.

スレッドをステートマシンで組む都合でモジュール間のタイミング制御のチューニングに少し癖があるので,もう少しうまくやっていきたいです.







未踏期間中の取り組み

未踏期間中は,「どう実装するのか」「どう応用するのか」に集中して取り組んできました.

実のところFPGAに取り組み始めたのは採択の1年ほど前で,かなり経験の浅い状態でした.

さらにRubyに至ってはこのプロジェクトのために真面目に使い始めた,という初心者っぷりです.

そんな中である程度の形にできたのは良かったと思います.


開発にあたっては,なるべく多くの人にヒアリングすることを心掛けました.

似た取り組みをしている方々はもちろん,専門外の方やプログラミング言語に詳しい方や型理論を専門にしている方のご意見などから Mulveryの取り組みを正しく言語化して組み立てることに努めました.


未踏事業で取り組まなければここまで具体的なものにすることはできなかったなあと感じます.

ほぼ毎月プレゼンと議論をしてたと思うので,自身では気づき得なかった問題点やニーズを次々に発見することができました.


いやあ,参加できて本当に良かった.







スパクリ認定を頂いて

正直に言って今回スーパークリエイター認定を頂けるとは思っていませんでした.

なかなかMulveryの完成度が上げられなかったことは本当に悔しい点で,取り組みの開始が早かったのに対して十分なアウトプットが 出せなかったと感じています.

ただ,議論の質と量をなるべく高める努力をしてきました.荒っぽくてもとにかくコードを起こして,具体的なデータや手法を重視 しながら本質を探る議論に努めてきたと感じており,技術だけでなくメタな部分での成長もかなりあったと思います.

加えて,Mulveryの今後が研究やこれからの取り組みなどに繋がったのは間違いないことで,実りのある育成期間にできたものと確信しています.

同時に行っていた他の取り組みもすべて一本化して「ぼくのかんがえるさいきょうのつーる」みたいなのが作れるとイイナアと思いながら コツコツと研究と開発を続け,精進していきます.







それっぽいこと書きましたが,素直にスパクリ認定は嬉しいです.

その名に恥じぬようまるさらしいまるさでいたい


それでは今回はこのへんで

まるさ

2017年度のふりかえり

どうも、まるさ@maruuusa83です.



年度あけましておめでとうございます.

まるさの2017年度をふりかえってみます.







博士前期課程に入学した

大学の学部を卒業して,そのまま同じ研究室で博士前期課程(修士課程)に入学しました.

高専の時には興味の対象がユビキタスコンピューティングに近いような分野で,そういう研究室に入るつもりでした.

しかし,なんだかんだで計算機アーキテクチャに関する研究室に入り,FPGAの回路設計の技術の研究をしています.

学部4年の時にエイエイと作ったツールをそこそこ評価して頂いて,前期課程から腰を据えて回路設計の技術を研究することにしました.

だいぶフィールドが違うように見えますが,

自身としては舞台がアプリケーションからコンピュータそのものに移った,くらいの感覚しかなくて,結局世の中をいかにコンピュータで変えていくかという興味の本質は変わっていません.


編入組だとなかなか友達が増えず,興味の対象が近い仲間とか新しい情報を共有していくような仲間が随分減った気がします.

進学で仲間がまた離れ離れになってしまったりで戦いがストイックになってきた感が強まりました.

まぁでも編入学した以上,修士までは取ろうと思っていたので特に後悔はしていないです.


博士前期課程では,高専や学部の講義と大きく異なり,ほとんどが輪講のようなものばかりで楽しかったです.

博士前期の講義が面白いと思えるように高専と学部で得を積んできたのかなあと思えたので大変良かったと思います.

知識の少なさとか経験の浅さとかを思い知るよい機会でした.







未踏事業に採択された

高専時代からやるやる詐欺をキメていた未踏事業に,一念発起して応募しました.

なんだかんだ応募の半年以上前から取り組みを始めていて,確実に通すつもりで応募しました.

研究に関連させてFPGA回路設計の技術に関する開発を行いました.

9か月で何度もプレゼンしていろんな人に聞いてもらいアドバイスを頂き,大変によい経験になったと思います.

京都でマンション借りて引きこもって開発したりもしました.楽しかった.


まぁ,詳しいことは修了式以降に書こうかな.







博士前期課程を卒業した

今年度入学ですが,そのまま1年で卒業しました.

これのおかげで大変に忙しかった.


ほんのり研究成果があり早期卒業の要件を満たしていたので,チャレンジしてみることにしました.

早期卒業するには弊学博士後期課程(博士課程)にそのまま進学する必要があります.

本来行くつもりはなかったのですが,なんというか

博士課程は自分で選ぶというより博士課程に呼ばれる声がするんだなあと感じます(?)


M2で取る単位とかもこなさなきゃいけないので,同期より多めに講義を取りつつ未踏もこなす,みたいな生活でした.

輪講なんで英語の本を読んで20分~1時間くらいのプレゼンを書いたり講義のために色々コード書いてレポート作ったりと極めて多忙でした.

ま,終わってしまえばいい経験だったな~とかって美化されてしまってるんですけどw







学振DC1を通した

博士後期課程に入るなら絶対に学振は必要だなあと思っていました.

もっと言うと,DC1落ちたら早期卒業せずに修士で終わるつもりでした.


早期卒業ですから,ほかの応募者と1年のビハインドがあります.

というか応募は6月とかなのでB4までの実績で戦う必要があります.

ほとんどダメ元だったんですけど,プロコンで培った応募力とたくさんの人にレビューして貰ったのが奏功して面接審査に進むことができました.

特別研究員の面接審査になる人は,悪い言い方をするとボーダーな人,みたいな感じなので,「応募後から今までもめっちゃがんばってるんすよ!!!」をめっちゃアピールしました.

プレゼン時間超短いのでまとめるのすごく難しかった.

面接遅刻したりしましたが,未踏でやりこんだプレゼンのエッセンスもぶち込んだ必死のプレゼンでなんとか採用内定となりました.


うーん,やっぱりうれしいな







博士後期課程に合格した

早期卒業の要件,ということで博士後期課程を受けました.

DC1の面接なんかをベースにプレゼンもしました.

なんだか盛り上がって(笑)予定の倍以上の時間の面接となりました.


まさか,博士後期課程に入学することになるとは・・・.

そもそも同級生少ないし,知ってる人はほぼ間違いなく居ない,みたいな生活になります.

研究室の先輩方もみんな卒業してしまい,後輩育成の責任感も強くなります.


実家では昔から「ダメな子」「役立たず」のレッテル張りで,今も「就職できない役立たず」「この年まで社会に出ない手遅れ」みたいな感じですが,強く生きていきます.

これまで奨学金1種2種併用+TAとかで食いつないできましたが,これからは学振DC1で食いつないでいく必要があります.

なんか東京で暮らすには若干心許ない感じがしますが,規制緩和もあったので最大限に生かして強く生きてゆこうと思います.







というわけで,激しい1年間でした.

まるさは楽しく生きています.


まるさ

stretch across in the sky

どうも,橋梁趣味者のまるさです.

この記事はまるさのぼっちアドベントカレンダー6日目の記事です.


大型橋特集4回目です!!!


今回はアーチ橋の話です.今回が大型橋特集の最後になります.

なんか形式そのものの説明も含んじゃうので長くなりがちですね・・・







アーチ橋ってなんだ

アーチ橋は,アーチが垂直な荷重を圧縮力に変換して主桁を支える形式です.


f:id:maruuusa83:20171205231617p:plain:w450
荷重はアーチの圧縮力となり,水平方向の力として地盤で受ける


上図の形式は上路式と呼ばれ,主に古い石橋やアーチ式の長大橋で見られる形です.

上路式があるということは,中路式や下路式のアーチ橋もあります.


f:id:maruuusa83:20171205231633p:plain:w350
アーチ橋の形式


一番よく見るのは下路式ではないでしょうか.他の形式だと道路と高さを合わせるのが難しいことが多いため,通常街で見かけるのはこの形式になるわけです.

上路式や中路式は,地面とのクリアランスを確保する必要がある場合などに用いられます.


今回は紹介しませんが,石橋も結構面白いんですよね・・・

現代だともう石橋の技術は使われないのでは?というような気もしますがそんなことはなくて,石工の技術というのは現代でもアチコチで使われていたり・・・


話が長くなりそうなのではやく事例研究しよ







沖縄北部の観光名所の名アーチ

最初は,沖縄県北部,本部半島と屋我地島を接続するアーチスパン210mのワルミ大橋を紹介します.


f:id:maruuusa83:20171205233448p:plain:w480
ワルミ大橋



「ワルミ」とは,沖縄の言葉で「割れ目」という意味(たぶん)です.

その名の通り両側が崖になった海峡で,これを中間橋脚なしに渡す必要があったわけです.

そこで,上路式アーチが選定されました.

高い位置にあるために大変景色が良く,リカリカワルミという施設には展望台もあったりします.

f:id:maruuusa83:20171206000507j:plain:w350
スマホに残ってたリカリカワルミからの景色


くわえて,必要なアーチの規模に対して幅員が10mと小さいために,曲げモーメントに対するアーチ自身の抵抗力を大きくとる必要がありました.

このような事情から,合成鋼管アーチ巻立工法という工法がとられ,この工法による橋の中で国内最長のスパンを誇る橋となります.


f:id:maruuusa83:20171205234826p:plain:w350
合成鋼管アーチ巻立工法の概要*1


最初の鋼管の架設は左右の岸から片持ちで張り出すように架設されます.

たしか最初この工法の論文を読んだ日,興奮しすぎて鋼管架設の現場を見学に行く夢を見ました(?)

確かに,常に桁下が自由に使えるとは限らず,施工にもいろいろな工夫があって興味深いなあと・・・







日本最大のアーチ橋

テンポよくもう一本だけ紹介します!

日本で一番長いアーチ橋であるのが新木津川大橋です.


f:id:maruuusa83:20171206001210j:plain:w480
新木津川大橋(手前は港大橋)


港大橋の取材に行ったときについでに撮影してた写真がありましたw

中央スパンが400m以上もある長大アーチ橋です.

この橋は,桁下を国際貨物の大型コンテナ船が通過するために,非常に大きなクリアランスを確保する必要があったためにこのような構造をとっています.

この橋では,水平力を支える地盤を用意する代わりに,反対向きの水平力を作るアーチを左右に設置することで水平力を受け止める「バランスドアーチ」という形式をとります.


f:id:maruuusa83:20171206001953p:plain:w400
水平力をぶつけて打ち消すバランスドアーチ


個人的なアーチ橋の萌えポイントは,いかにテクニカルに力を受け止めているかというところにあります.

初日の記事で紹介した橋たちもこのような観点でアツい橋たちでした・・・







紹介したい橋が多すぎる・・・

アーチ橋も斜張橋と同じかそれ以上によく見かける橋です.

都内だと中央線でもよく見かけます.四ツ谷駅の上にある薄いアーチがキュンキュンします.


また,上路や中路のアーチは結構テクが効いてて味がよく染みた橋だったりすることが多いです.

どう水平力を受け止めているのか観察するためにうろうろしがち.

楽しい・・・




話が長くなる前に

今回はこの辺で ノ


まるさ

*1:梶川ほか, "合成アーチ巻立て工法によるワルミ大橋の施工," プレストレストコンクリート技術協会, 第18回シンポジウム論文集, 2009.

新湊大橋物語

どうも,橋梁趣味者のまるさです.

この記事はまるさのぼっちアドベントカレンダー5日目の記事です.


大型橋特集3回目です.どんどんいきます.


今回は斜張橋の話です!!!







斜張橋ってなんだ

斜張橋は,主塔から斜めに張ったケーブルで主桁を吊り下げる形式です.

ときどき斜張橋を指して「吊橋だ」という人がいますが,よく見ると随分違います.


f:id:maruuusa83:20171201114348p:plain:w450
斜張橋と吊橋の違い


図の通り,多くの場合主塔の両側で吊るために,吊橋と違って主塔に対して死荷重による曲げモーメントが発生しません.

ですから,アンカレイジのような荷重を支えるための構造を持っていません.


色んな所で見られる形式ですが,関東近郊であれば横浜ベイブリッジが大変有名ですね.


f:id:maruuusa83:20171201115132j:plain:w450
横浜ベイブリッジ by DeepSkyBlue CC-BY-SA 3.0


びゃーっとケーブルが出てるの,可愛いですよね.

このケーブルのびゃーっ具合にもいろいろあって,およそ3種類に分類*1されます.


f:id:maruuusa83:20171201115940p:plain:w350
ケーブルの延ばし方とその名称


桁に対するケーブルの角度が大きいほど桁のたわみ剛性が大きくなるので,放射型やファン型のように主塔の上に寄せる形式がしばしば採用されます.

じゃハープ型はどうなんだ.

橋フォルダを漁ってたらいつだったかはるか遠くに橋があって喜んで撮った写真がありました.


f:id:maruuusa83:20171201122226j:plain:w450
神戸大橋


めっちゃ遠い*2ですがwこれは東神戸大橋ですね.

これは485mという大きな中央径間長を持つダブルデッキ橋で,大変素晴らしい長大橋であります.

ハープ型の利点は,その美しさもありますが,桁方向の剛性の高くなる性質にもあります.

長大橋はその死荷重の大きさから耐震性能も求められるのですが,東神戸大橋はその戦略として主桁と主塔を結合しない絶縁構造をとっています.

桁方向に揺れると主塔の弱い方向への曲げモーメントが発生しますから,ハープ型にすることで危険な揺れを回避しているんですね.ふむふむ.


初日の記事でもさらっと紹介したMiho Museum Bridgeも斜張橋の一種*3*4です.

「えっこれは!」という大変美しい橋で,斜張橋の景観性のポテンシャルの高さを見せつけてもらえた橋です.


いやぁ,斜張橋もいっぱい事例があって楽しいのでとっても楽しいです.

紹介したい橋が多すぎる・・・

斜張橋のイントロはこのぐらいにして,はやく事例研究しようしよう







山新港の大型斜張橋

今回紹介するのは全長600m,主径間が360mの日本海側最大級の長大橋,新湊大橋


関係ないですけど,富山はカッコいいトラムがたくさん走っていていいですね!

トラムかっこかわいかったのでちょっと紹介させてください


f:id:maruuusa83:20171201230447j:plain:w480
富山駅セントラム


新湊大橋に行くには,富山駅からあいの風とやま鉄道線にゆられ,高岡駅から路面電車万葉線に乗り換えます.


f:id:maruuusa83:20171201230938j:plain:w480
万葉線越ノ潟駅,ドラえもんトラムだった


低床電車ばかり紹介しましたが,帰りはレトロな車両*5で帰りました.

いやあアチコチ路面電車でとってもいい・・・


閑話休題新湊大橋は越ノ潟駅からちょっぴり歩くとすぐにたどり着きます.


f:id:maruuusa83:20171201224843j:plain:w480
新湊大橋


新湊大橋は橋の下にプロムナードが設けられているダブルデッキ構造になっています.

風が強いのでたぶん上のデッキに歩道つくると危なかったんだろうなあ.


f:id:maruuusa83:20171201232259j:plain:w400
あいの風プロムナードのようす


このプロムナードは主桁の下にフレームを吊り下げてデッキにしている*6ので,たぶん構造的な寄与はないはずです.

なんかちゃんと写真残ってる橋紹介できたの初めてな気がする・・・



渦励振とその対策

主桁架設の後,新湊大橋ではたわみ振動が観測されました.

この振動は技術検討委員会で渦励振とよばれる振動であると判断されています*7

前回紹介した初代Tacoma Narrows Bridgeでも,崩壊原因のねじれフラッター発生の直前の大きな上下振が同じ渦励振だそうです*8

「想定より大きい揺れだけど構造的には平気,でも不安になるといけないから対策するよ!」というところで対策が講じられることになります.


こういうのってどんな感じで対策するのかなーってことで調べてみました.

*9の論文では,「フラップ」「フラップ+桁下導流板」「TMD」の解決方法が提案されていました.

てっきり構造の強化とかしなきゃならないのかなあとか思っていたのですが,最終的には空気力学的な対策であるところのフラップ案が採用される*10ことになります.


f:id:maruuusa83:20171202002614p:plain:w210
フラップは桁の上部に取り付けられる


実際の図面とか見てみると「えっこんなんでいいのんか!」とか思っちゃうくらいアッサリとした解決手法です.

いやー,エレガントだ.


箱桁の長大橋とかだと,ひょっとすると他にもフラップのついた橋がみられるかもしれません.







斜張橋はいいぞ

斜張橋は数多く見かける橋でありながら,それぞれ意匠を凝らされたいい橋であることが多くて良い形式です.

よく見かける形式ですが,軟構造の長大橋となると地震対策や風対策など多数の振動対策が必要になってくるわけですね.

同じスケールの橋でも,吊橋と斜張橋でどう対策を施しているのか見比べるのはとても楽しいものです.たのしい.


今回紹介した新湊大橋は施工中に問題が発覚して新たな対策を~みたいなストーリーだったので,論文漁りがとても捗って楽しいものでした.

うーん,土木の人たちって本当にすげえなあ.




というわけで

今回はこの辺で ノ


まるさ

*1:土木学会鋼構造委員会鋼構造進歩調査委員会, "鋼斜張橋-技術とその変遷 1.概要," 土木学会, 鋼構造シリーズ5, 1990.

*2:しらべてみたら14.2km離れたところから撮影してました

*3:正確には斜張橋と特殊なトラス橋が径間中で連続している

*4:というかこの橋だけで記事書きたい

*5:デ7000かな

*6:宮沢ほか, "新湊大橋(PC上部工)の施工," プレストレストコンクリート技術協会, 第19回シンポジウム論文集, 2010.

*7:渡邉ほか, "伏木富山港(新湊地区)臨港道路東西線新湊大橋)の耐風対策について," 北陸事業整備局, 平成25年度事業研究発表会, 2013

*8:米田ほか,"旧タコマナローズ橋のねじれフラッター特性に関する解析的考察," 土木学会, 土木学会論文集, No.752, I-66, pp89-104, 2004.

*9:由井ほか, "新湊大橋の鋼桁耐風対策について," 沿岸技術研究センター論文集, No.13, 2013.

*10:森越ほか, "伏木富山港(新湊地区)臨港道路東西線新湊大橋)の耐風対策について," 土木学会新潟会, 第31回土木学会関東支部新潟会研究調査発表会, I-214, 2013.

失われた橋から求めて

どうも,橋梁趣味者のまるさです.

この記事はまるさのぼっちアドベントカレンダー4日目の記事です.


大型橋特集2回目です.


今回は吊橋の話です.







吊橋ってなんだ

吊橋は,主ケーブルで桁を吊り下げて支える形式の橋です.


f:id:maruuusa83:20170729081506p:plain
シンプルな吊橋の例


主塔だけではメインケーブルを支えることはできないので,アンカレイジと呼ばれる巨大なおもりで支えています.


f:id:maruuusa83:20171126215354p:plain:w400
明石海峡大橋のアンカレイジ by Google, DigitalGlobe, ZENRIN


アンカレイジってすごい良いですよね,あーキミがこの橋を支えてるんだなあって,ふんふん・・・

ちなみに,地盤が強固な場所ではアンカレイジを使わず地盤に直接アンカを打ち込んで支えとする場合もあります.




吊橋というと山奥に掛かってるボロボロの橋みたいなイメージかもしれないですが,レインボーブリッジをはじめ,明石海峡大橋や南備讃瀬戸大橋などなど,1000mを超える大きなスパンを持つ橋はほとんどこの形式です(ひょっとすると全部?).


長大橋ではアンカレイジを側塔として,主塔-側塔間にも橋を吊り下げることがあります.これが3径間吊橋ですね・・・!

主径間の両端にヒンジを設けて単純桁にしたものが一般的で,これが2ヒンジ吊橋と呼ばれるわけです.ヒンジを設けると主径間-側径間の間に折れ角が生じるため,鉄道を通す場合などは連続桁にする場合もあるようです.


f:id:maruuusa83:20171126231156p:plain:w400
単純桁の場合と連続桁の場合


そして補剛桁にトラス構造を用いた場合,補剛トラス吊橋と呼ばれます.他にも箱桁を用いる場合もあります.


だいぶ吊橋のことがわかってきた(わからない)







"近代吊橋の原点"

まずはじめに紹介するのはアメリカはニューヨークのBrooklyn Bridgeです.


f:id:maruuusa83:20171126220636j:plain:w500
Brooklyn Bridge by Postdlf CC-BY-SA 3.0


Brooklyn Bridge以前のワイヤケーブルの吊橋では,「より線ケーブル」をメインケーブルにすることが一般的でした.

しかしながら径間が伸びるとメインケーブルも長く重くなり,渡すことが困難になってくるわけです.


そこで,Brooklyn Bridgeの設計者であって近代吊橋史上最も高名*1なJohn Roeblingは,より合わせる前の素線をそのまま渡して,最後にそのまま束ねてしまう「平行線ケーブル」による吊橋を確立させます.

より線ケーブルはより合わせによって強度低下がおこります*1

このため平行線ケーブルによる長大橋建設ははこれ以降主流の手法となっていきます.







たわみ理論による長大橋の経済化とその危険性

径間が長大となる場合,ケーブルのたわみによる影響が無視できなくなり,これを考慮した「たわみ理論」をRitterやMelanが発表しました*2

補剛桁の曲げモーメントM(x)は次の式で与えられます.


  • 弾性理論 : M(x) = M_0(x) - H_p y(x)
  • たわみ理論 : M(x) = M_0(x) - H_p y(x) - (H_w + H_p) \eta (x)


それまで用いられてきた弾性理論と比較すると, -(H_w + H_p) \eta (x)なる項が追加されています.

詳細は文献(*2)に譲るとして,この項の意味は「活荷重pと死荷重wによる水平張力H_p, H_wの和と活荷重によるたわみ\eta (x)の積だけ補剛桁の曲げモーメントを減らすことができる」という感じになります.

つまるところ,今まで活荷重増えると桁への負荷増える気がしてたけどケーブルがたわむから案外何とかなる(桁への曲げモーメントは活荷重に比例しない)ということを指摘したというわけです.

すごい(こなみ)




1909年,この理論をLeon MoiseiffがManhattan Bridgeの設計に採用してから,現在でも設計計算の手法としてよく用いられているそうです*2.


この後の1940年,Moiseiffによる設計のTacoma Narrows Bridgeが竣工します.


f:id:maruuusa83:20171126224901j:plain:w450
初代Tacoma Narrows Bridge


しかしながら,この橋は竣工後わずか4か月後に風によって崩落することになります.

「揺れやべえ」と思った研究者による映像記録があることから,今日でも設計の失敗事例として大変有名な橋です.

もちろん,みなさん大好き失敗事例データベースにも収録があります.


初代Tacoma Narrows Bridgeの崩落


これは,軽量化によって薄くなった桁による渦の発生が原因だとされています.

桁が薄くなると,次図のように一度桁から空気の剥離が起こりやすくなり,ちょっとしたきっかけで上下交互に渦が発生(自励振動)してしまいます.


f:id:maruuusa83:20171126234347p:plain:w260
渦の発生とねじれ振動


Tacoma Narrows Bridgeではねじり剛性が非常に小さかったために,崩落という結果につながりました.

Tacoma Narrows Bridge以降,補剛桁は風の影響を受けにくくねじり剛性の高いトラス桁や箱桁が採用されることになります*2.







そして全長3.9kmの長大吊橋へ

1998年,明石海峡大橋の供用が開始されます.


f:id:maruuusa83:20171127000215j:plain:w450
明石海峡大橋 by Tysto CC-BY-SA 3.0


この橋の中央径間1990.8mは世界最長であるとしてギネス世界記録に認定されています.

3径間にも関わらず全長は3.9kmにもなり,とてつもない規模の橋となります.


これだけの規模になると,部品一つ一つの許容誤差を大変に小さなものにする必要があります*3

報告の文献は見つけられませんでしたが,主塔の最終的な傾きが28㎜とかなんとかという話も・・・


明石海峡大橋について真面目に紹介し始めるとそれだけで一冊本が書けそうな気がするので詳しくは紹介しませんが,長い歴史の中でのたくさんの発見と失敗,日本の施工技術力が合わさってこその橋なんだなあと・・・

美しいですね・・・







吊橋すげえや

吊橋はそれなりに古くからある形式にも関わらず,径間がキロメートル規模になるとやはり吊橋の形式をとる必要があります.

しかしながらたわみがあって変形が多く,長くなるほど様々な影響を考慮する必要があります.

いやぁ,設計する人も施工する人もマジすげえよなあ・・・

施工の記録もめっちゃ面白いので読むといいですよ,めっちゃいいよ長大橋.


ぜんぜん書き終わる気がしないのでこれくらいにしておこう・・・




というわけで

今回はこの辺で ノ


まるさ

*1:土木学会鋼構造委員会鋼構造進歩調査委員会, "ケーブルを使った合理化橋梁技術へのノウハウ 2.ケーブル系橋梁の構造と設計法," 土木学会, 鋼構造シリーズ16, 2007.

*2:土木学会鋼構造委員会鋼構造進歩調査委員会, "吊橋-技術とその変遷- 2.吊橋の設計," 土木学会, 鋼構造シリーズ8, 1996.

*3:金田ほか, "明石海峡大橋補剛桁の設計・製作・架設 ~本州四国連絡橋公団「神戸・淡路・鳴門ルート」~," 川田技法, Vol.17, 1998.

Die Brück' am Tay

どうも,橋梁趣味者のまるさです.

この記事はまるさのぼっちアドベントカレンダー3日目の記事です.


今回からは,橋の歴史を絡めて大型橋の特集を4回にわけて書いていきます.

長大橋のなかでもとりわけ大きな橋にはどのような苦労が隠れているのかなんてことをまとめていきます.


今回は橋の歴史についてです.







長大橋の勃興と試行錯誤

1781年に開通したIron Bridgeに代表されるような鉄を使用した橋梁の建築が,イギリスの産業革命の頃から始まったようです.


f:id:maruuusa83:20171124230620j:plain:w450
Iron Bridge by Roger CC-BY 2.0


Iron Bridgeは鋳鉄で作られているようです.そもそも鋼鉄の大量生産法は19世紀まで確立されていなかったのかあとか考えると,すげえな・・・と(語彙力)

鉄鉱石や石炭の運搬に使っていたよう*1で,耐荷重やら径間やら船舶往来やらも考えると,当時かなり挑戦的でアツい橋だったんだろうなあという想像・・・いいね・・・


それから100年後の1878年,イギリスに当時世界最長の橋であるTay Bridgeが完成します.

3kmを超える長大橋ですので,これもまたかなりの挑戦だったことが想像されます.


f:id:maruuusa83:20171124235401j:plain:w450
Tay Bridge


鋼鉄の最初の大量生産手法であるベッセマー法の特許が1855年ごろ*2のはずなのですが,鋳鉄と錬鉄で構成された橋であるようです.

この鋳鉄と錬鉄の手法は当時よく知られた設計技術のようで,それが理由で採用されたということなのでしょうか(全然資料がみつからない).


このTay Bridgeは,完成直後に崩落してしまうことになります.

みなさん大好き失敗知識データベースによると, 設計時点での耐風性能の不足によって発生した事故である*3ということになっています.

加えて鉄の質も悪かったということで,この事故から耐風性能や鉄の品質等々がより重視されることになったようです.







最強の橋:Forth Rail Bridge

Forth Rail BridgeはイギリスのForth湾に今もかかる長大橋です.


f:id:maruuusa83:20171125001437j:plain:w450
Forth Rail Bridge by Andrew Bell CC-BY-SA 3.0


新しい素材であるところの鋼を用いた世界初の長大橋となりました.

この11年前のTay Bridgeの崩落を受け,猛烈に強靭な設計を行うことで「鋼の恐竜」などと言われるほどデカい橋となりました.


130年たっても現役の橋,すごすぎるよなあ・・・(メンテ大変らしいけど)

フォース鉄道橋カンチレバートラスという形式をとっているのですが,これも面白いんですよね・・・







長大橋って大変なんだなあ

より長いスパンが要求されるような橋においては,フォース鉄道橋のようなゴツくして力で殴るというような方針をとることができなくなります.

このために,この後から吊橋や斜張橋など様々な形式の長大橋が出現してくることになります.


大型橋特集では,のこりの3記事で吊橋・斜張橋・アーチ橋の形式ごとにどんな取り組みや背景があるのかという話をまとめようと思います.

うーん,単に読み漁っただけの知識をきちんとまとめる作業,とってもいいなあ.




というわけで

今回はこの辺で ノ


まるさ

*1:並川宏彦, "世界遺産 アイアンブリッジ峡谷," 桃山学院大学総合研究所紀要, 第30巻, 第1号, 2004

*2:特許の原文がみつけられなかった・・・

*3:"設計ミス等による鉄道橋の崩壊で75人が死亡," 失敗知識データベース, http://www.shippai.org/fkd/cf/CA0000413.html

さようなら、いままで足をありがとう

どうも,橋梁趣味者です.まるさともいいます.

この記事はまるさのぼっちアドベントカレンダー2日目の記事です.


今回も前回に引き続いて,まるさがどんなとき「良い橋」と感じるのかという視点から橋を紹介します.







沖縄北部の名アーチ

今回紹介するのは沖縄県本部町にある瀬底大橋です.

昭和59年に完成した橋なので,架設から30年ほどということになります.


f:id:maruuusa83:20171124103421j:plain
瀬底大橋*1 CC BY-SA 4.0


この橋は架設当時の地元住民たちたっての願いから計画された橋です.

もちろん立地と景観性の高さも「美しい」と思える要因ですが,たくさんの人の想いを渡した橋である,というようなところもこの橋の美しさのひとつなのかなあと感じます.



設置の嘆願

・住民の事情
瀬底島は,沖縄本島と750mほどの海峡を挟んで離れた周囲7km強の小さな島です.


f:id:maruuusa83:20171124105603p:plain:w500
瀬底大橋とその周辺の地図


橋が渡される前は,毎日船(瀬底丸)が何往復もすることで物資のやりとりや学生の通学等々を行っていたようです.

建設当時の様子は県のアーカイブが残っています.


youtu.be


沖縄は台風王国ですから,台風がくるたびに船がとまり,物資調達に苦戦することになります.

他の緊急時においても船で本島と行き来しなければならないなどの多くの不便さもあって,かねてより橋の建設は住民の願いとなっていたわけです.



・設置に関する事情
当時全長750mを超える橋は沖縄県最長の橋となり,海峡を往来する船を通すための桁下のクリアランスの確保の課題もあって,技術的に大きな困難を伴う開発でした.

瀬底大橋は昭和47年には架橋計画が策定されていた様子*2ですが,昭和48年の第1次オイルショックから一時計画がとん挫してしまったようです.

最終的に昭和54年頃から本格的に工事が始まり,それから6年かけて橋が開通することになります.


最初の計画から数えても13年以上,という長い長い時間のかかった架設でした.



・技術課題とアプローチ
昭和50年,沖縄国際海洋博覧会のために瀬底大橋予定地の南に新本部港が整備されます*3

大型船の通過を考慮して,中央で径間と桁下高を大きくとる必要がありました.

加えて海のそばということで風があり,台風の時にはさらに強い風が吹きつけることになるため大きな剛性が必要になります.

常に潮風が吹き付ける錆環境もあって,橋にとって大変過酷な環境であるといえます.


結局,景観性を考えてニールセンローゼ橋にすることになったようです.

通常のアーチ橋と違って吊材がワイヤで細く作られているので周囲の景色が大切にされる橋でよく採用される形式です.

また,風の影響を考えてバスケットハンドル型のアーチを採用することになりました.


f:id:maruuusa83:20171124114417p:plain:w220
このような形にすることで橋全体のねじり剛性が高くなる


さらにニールセン形式におけるワイヤの防錆対策は当時前例も少なく*4, 塩害対策にも大変気を使った施工になったようです.







設置の効果

・設置当時のようす
長年待望だったということもあり,主径間の架設では多くのギャラリーがあつまり,大盛り上がりだったようです.


f:id:maruuusa83:20171124092529p:plain:w240f:id:maruuusa83:20171124092536p:plain:w240
主桁架設完了で思わず踊りだす人々 (くがに橋-瀬底大橋建設の記録-より) *5


記念式典の様子からも,たくさんの人が待ちわびた橋だったのかな,ということがうかがい知れます.


f:id:maruuusa83:20171124115408p:plain:w400
盛大な開通記念式典 (くがに橋-瀬底大橋建設の記録-より)


美しいですねえ・・・


求められ,技術で応える.そんな素晴らしいことがありますか(!)


とはいえ

これに伴って,本島と瀬底島を結んでいた瀬底丸が地元の人に見送られながら退役することになります.

こう,言葉にはできないけど,せつなさがある.

当時の様子は先ほど紹介した映像アーカイブを見るのが一番だと思います.



・設置後のようす
開通後の状況について,ちょっと詳細はわかりませんが行政の資料*6を拾いましたw

瀬底ビーチで年間10万人の観光客があり,それだけでも億単位の経済効果があったとまとめられています.

実際沖縄に住んでいたぼく自身も気に入ったカフェに通ったりペンションに泊まったりしていたわけで,農業中心だった島の環境は大きく変わったといえそうです.


沖縄県でも有名な巨大な廃墟があったりするのですが,ヒルトンがこれを買い取って巨大なリゾート施設を作るニュースもあがっています.


travel.watch.impress.co.jp


静かなところが好きだったりするのですが,まぁ発展することは悪いことではないと・・・(うるうる)







橋ってすごい

橋はすごいです.たくさんの人の生活を激変させる力を持っています.

単に構造萌えというわけではなくて,橋がいろんなものを繋いでいるその姿が好きなのかなあと瀬底大橋をみて感じます.


というわけで,「背景を味わう」という観点で橋を紹介しました.




それでは,

今回はこのへんで ノ


まるさ

*1:瀬底島しょっちゅう行くのだけど一枚も自分で撮った写真がなかった・・・

*2:"橋めぐりにしひがし," 社団法人日本橋梁建設協会, 虹橋35号, 昭和61年

*3:"沖縄の港湾," 沖縄県土木建築部

*4:木舟ほか, "瀬底大橋の設計と施工," 川田技法, Vol. 4, 1985

*5:本来「東アジア映像館」というアーカイブサービスにあったのですが,沖縄県のアカウントでYoutubeに移動したようです

*6:西崎ほか, "本部町 瀬底島大橋開通後の諸問題について," 備前市議会清友会個人行政視察報告書(詳細不明)